かんざし井戸



かんざし井戸があったとされる「峯城址」
川崎の峯城址にあるかんざし井戸では、毎年1月25日の深夜、悲しい琴の音が聞こえてくるそうです。 今から400年以上前にあった峯城というお城は、関氏の五男・関正実という大将が守っていました。 そのころは戦国時代。 この城も織田信長や豊臣秀吉に攻められ、乱戦続きでした。 でも、城は堅固で、城主はいくさ上手。 さすがの秀吉も攻めあぐね、後を蒲生氏郷らに頼んで引き揚げてしまいました。 その後は持久戦になりましたが、さすがの峯城もとうとう落城してしまいました。 城主は抜け穴から桑名へ逃れ、奥方は城の宝物の大きな銀のかんざしを着けて、城の中の深い井戸に見を投げました。 その後、この井戸は「かんざし井戸」と呼ばれるようになりました。 琴の音が聞こえるという1月25日は、落城の日だったのです。 私たち子どものころ、遅くまで遊んでいると、だれともなく「がもじが来るぞ」と言い出し、走って帰ったものです。 「がもじ」というのはお化けか何かと思っていましたが、実は峯城を攻めた「蒲生(がもう)氏」のことでした。 ずいぶん乱暴を働いたようで、村人たちは恐れていたのですね。

悲運の奥方が身投げ


そして今 峯城跡は現在も残っているが、井戸らしいものは見当たらない。 著者の久野さんによると、昭和になってから地元の小学生が古井戸に落ちて亡くなったのをきっかけに、城山の井戸は全部埋められたとか。 峯城の戦いは兵糧攻めで、相当な激戦だったようだ。 それにしても、”幽霊”絡みの話には、戦国時代に端を発するものが多いようだ。

資料提供 久野陽子編著「伊勢の亀山昔ばなし」・中日新聞社(三重支局)