薮の腰の化けぎつね



薮の腰があった通り。往時の面影は全くとどめていない
昔、大門から乙部に抜ける道は「薮(やぶ)の腰」といい、竹やぶが生い茂った気味の悪い所でした。 ここにキツネが住んでいました。 「近ごろろくなものを食うとらん。うまいもん持った人間が通らんかのう」。 日が暮れると竹やぶに隠れ、化かす相手を待っていました。 ある日、イワシ売りの男が通りかかりました。 「キツネが化けて出るっちゅう話は本当かいな・・・。背中が寒うなってきた」。 行く手にぼにゃり光が見えます。 「キツネやないやろな・・・」。 目を凝らすと、隣の家の与平がちょうちんを手に進んで来ます。 「なんや、今帰りか」。 「ああ。お前と会うて安心したわ」。 「ははは、気の弱いやっちゃ。わしは大門で一杯やろうと思ってな」。 与平はそのまま行ってしまいました。 男がほっとして、歩き出したその時!「ああ、そやそや」後ろで与平の声がします。 男が振り向くと、ずいぶん先まで歩いていった与平の首だけが、グーンと伸びてきて、男の目の前でぴたりと止まりました。 「お前、イワシ持っとるやろ。わしにもちいと分けてくれや」 「出たあー!」男はしりもちをついてしまい、桶(おけ)からイワシがこぼれます。 「イワシはもらっていくぜ」。 首は、散らばったイワシをかき集め、大きく裂けた口にくわえると、するすると縮まって与平の体に収まりました。 男が逃げ帰り、血相を変えて与平の家に行くと、晩飯の最中でした。 「今、薮の腰におらんだか」。 一部始終を話すと、与平は言いました。 「それはな、イワシ欲しさに薮の腰のキツネがやったことさ」 それからも、日が暮れてから薮の腰を通ると、美しい娘や化け物に出合い、脅かされたり食べ物をとられたりしたそうです。

通行人脅し食べ物を奪う


そして今 薮の腰の今の姿は、これといった特徴のないアスファルトの小道だ。 当時は乙部の遊郭と大門を結ぶ道の途中にあり、うっそうとしていたらしい。 ほかにも「火の玉を見た」「振りそで姿の娘が手招きするので、だまされるものかと小石を投げたらキャンと鳴いて消えた」「夜通し歩いても家に帰れず、夜が明けると薮の腰にいた。重箱のごちそうがなくなっていた」−などの話がある。 なかなか芸の細かいキツネ君だったようです。

資料提供 日本児童文芸家協会三重支部編「安濃津 むかしのはなし」・中日新聞社(三重支局)