はまぐりのうらみごと



舞台となったとみられる海岸。ハマグリを見つけたら、「人生はつらいねぇ」と声をかけてやりましょう
漁師のさんきちは、米津の浜でとれたハマグリを売りに里に出掛けました。 「ハマグリ、いらんかー」。 すると旅の坊さんがすたすたとやってきて、「わしがいただこう」と言って、全部を買って、米津の浜へと向かいました。 さんきちが後をつけていくと、お坊さんは、「海に帰って大きくなれよ。もう漁師なんぞに捕まるなよ」と言い聞かせながら、ハマグリを海に投げ込んでいます。 さんきちは「ハマグリ、とって売るのが仕事やけど悪いんやろか。そうせな、生きていけへんしな」と、しんみりした気持ちになって、去りました。 お坊さんは全部を逃がすと、大いに満足して、宿へと歩きだしました。 その夜のこと。 お坊さんの夢枕(ゆめまくら)にハマグリが現れました。 「ひどいことをしまさるなあ。せっかく漁師がとってくれて、海の中の苦労から逃れて成仏できると思うとったのに・・・。またえさを捕ったり、すみ心地の良い所を探したり、いろいろ面倒を背負わされる羽目になってしもうた。恨めしいことや」。 そういうと、スウーッと消えてしまいました。 夢から覚めたお坊さんは、「人と同じく、ハマグリも海の中で苦労を背負っているのか。人の栄養になって、初めて成仏するものかもしれない」。 布団の上で、海の方に向き直り、両手を合わせてハマグリに謝ったということです。 このお坊さんは、奈良の有名なお寺のお坊さんでした。 夢の中とはいえ、名僧に恨みごとを言うとは、安濃津の海のハマグリも大したものです。

助けられて夢枕に立つ


そして今 やや説法じみているが、含蓄のある民話だ。 ハマグリの言うように、生きるということは面倒で、つらいことなのだろうか? それとも、漁師にとってかなり都合のいい話の展開から推すと、この民話自体、彼らの苦しい”釈明”だったのかもしれない。 舞台となった米津の海は、今や海水浴客でにぎわう、御殿場海水浴場の周辺とみられる。海の家では、うまい焼きハマグリにとっても「慈悲深い行為」ということなので、遠慮なく、おいしくいただきましょう。

資料提供 日本児童文芸家協会三重支部編「安濃津 むかしのはなし」・中日新聞社(三重支局)