中万市の人食い鬼



聖徳寺に残る鬼之丞の墓
普々、松阪の南、櫛田川に沿う中万(ちゅうま)という地で開かれた市に一人の男が現れました。 名は鬼之丞(おにのじょう)。 男はこの盛大な市に現れては、燃料になる松の恨を売っていました。 鬼之丞は五ケ所湾の岩屋に住んでいるといい、大きな体と強い力をもっていました。 男が大切にしていたのは、黄金でできた鶏と槌(つち)。 だれにも見せずに大切にしていました。 中万の市では時折、子供が消えることがありました。 町の人たちは、何者の仕業かと恐れ、人を超えた者の行いともうわさしていました。 子供をさらっていたのは、ほかならぬ鬼之丞だったのです。 人肉の味を知り、食べていたというのです。 そしてある年の市で。 商売を終えた鬼之丞は酒屋で酒を飲んでいました。 さかなにしていたのは、隠していた赤ちゃんの手。 見つけた人は、そのまま鬼之丞に酒を勧め、酔わせました。 そして酔った鬼之丞だけを店のなかに残し、家の周囲を人々が取り巻いて、火を付けました。 鬼之丞は焼き殺されてしまったのです。 その灰ば櫛田川へと流されました。 それから毎年、中万では鬼の祭けが開かれることになりました。 鬼之丞が持っていた金の鶏と槌を探すためか、祭りの後にははだしで川の中を走る風習が続いたということです。 こうすれば、1年間は無病息災で過ごせたといわれています。

市に現われ子をさらう


そして今 中万の市は、伊勢湾台風後、途絶えた。 市のたった川辺は堤防が築かれ、かつてのにぎわいは夢のよう。 さて、鬼之丞だが、子をさらい続け、しかも、その地にまた商売に出向くとは油断もいいところ。 そこが、どうも不自然なのだ。 地区の聖徳寺には鬼之丞の墓があり、地元の人たちの供養の跡がうかがえる。 茶色の髪、青い目だったという説もあり、外国人だったのかも。

資料提供 山田勘蔵編集、松阪市立中央公民館発行の「松阪の民話」・中日新聞社(三重支局)