蛇(じゃ)の枕の池のまぼろし
にぎやかな競輪場。付近に蛇の枕の池があったとは想像するしかない
およそ800年余り前の源平の戦いのころ。
松阪の大きな家に17歳の美しい娘がいました。
「お嫁にほしい」と申し出がいくつもありましたが、そのすべてを断っていました。
心に決めた人がいたのです。隣村の垣鼻に住む少年で、まだ十三歳。平知盛の家来で高津次郎種明というこ人の息子でしたが、種明は屋島の戦いで戦死。
当地に移り住んで母子二人暮らしでした。
気高い顔立ちを目にした娘は、心を奪われてしまったのです。
年下なのも承知の上でした。
娘はある日、少年に思いを伝えましたが、何の反応も返ってきませんでした。
それでも娘は、「まだお互いに若い。大人になるまでは、あの人を楽しく見守っていこう」とけなげに思い続けました。
とある冬の日、娘は葬列に出会いました。
思いもよらず、少年が亡くなったというのです。
悲しみはどれほどだったでしょう。
大みそかに近い夜、娘は書き置きを残して家を出ました。
少年の家のあった垣鼻へと歩いていきます。
たどり着いたのは「蛇(じゃ)の枕(まくら)の池」という寂しい池。
暗い水面が広がっています。
そこに、ほほ笑んだ少年の美しい顔がはっきりと見えたのです。
娘は幻に誘われ、少年の名を呼びました。
少年がうれしそうに招いています。
娘はそのまま池の中へと進み、ついに底深くへと沈んでいったといいます。
少年の亡霊娘を招く
そして今 大蛇が住んだという「蛇の枕の池」は、松阪市春日町の市街地あたりにあったといいます。
にぎやかな競輪場があり、住宅が建ち並んだ光景からは、昔はうかがえません。
娘のいちずな思いは悲恋となって終わりました。
せめて、娘の思いが、この世とは別の世界で少年に届いていてほしい気がします。
資料提供 山田勘蔵編集、松阪市立中央公民館発行の「松阪の民話」・中日新聞社(三重支局)